オバマの知名度

バラク・フセイン・オバマ・ジュニア

2007年〜2008年にかけて、アメリカはかつてないほど選挙の話で持ちきりになっていました。
その主役は2人。
ヒラリーさんと、オバマ氏です。
なお、ヒラリーさんのフルネームはヒラリー・ローダム・クリントンと言います。
元大統領ビル・クリントン氏の妻ですね。
一方、オバマ氏のフルネームはバラク・フセイン・オバマ・ジュニアです。
メディアによっては、フルネームをバラック・フセイン・オバマ・ジュニアとする所もあります。
発音の違いだけなので、どちらも正しく、間違いではありません。

この主役のうちの一人、オバマ氏は、1961年8月4日にハワイ州ホノルルで生まれました。
母親は白人、父親はアフリカ系アメリカ人なので、混血という事になります。
これが、彼がアメリカを大いに賑わせた要因となりました。
というのも、アフリカ系アメリカ人である彼がアメリカの大統領選に立候補したからです。

アメリカでは、それまでアフリカ系アメリカ人が大統領になったことはありませんでした。
もし彼が大統領に選ばれた場合、初の黒人大統領が誕生する事になります。
それは、根深い人種問題を抱えるアメリカにとって、大きな転機になることは想像に難くなく、また、同じ民主党の大統領候補として選挙戦の相手となったヒラリーさんが、同じく一度も大統領となった事のない女性である事もあって、民主党の候補を決める大統領予備選挙は、アメリカの今後の方向を決める非常に重要な物となりました。

オバマ氏の生い立ち1

オバマ氏の生い立ちは、やや特殊と言える環境でした。
父親はケニア出身のイスラム教徒で、母親はアメリカカンザス州出身の労働者一家の生まれで、スウェーデン系白人です。
よって混血ではありますが、人種の坩堝と言われているアメリカでは、なんら珍しい事ではありません。
奴隷の子孫と言われるルーツもなく、普通のアフリカ系アメリカ人として、オバマ氏は生まれました。

ただ、イスラム教信者の子供は同じくイスラム教を信仰するのが通例なのに対し、オバマ氏はプロテンスタントです。
これは、父親がイスラム教信者ではあったものの、無宗教に近いという本人の談、また出身であるハワイにて白人である母親およびその両親に育てられた影響と言われています。

なお、オバマ氏の両親は彼が4歳の時に離婚し、6〜10歳の間は母親およびその再婚相手であるインドネシア人と共に、インドネシアで生活をしていたようです。
この期間は、彼の生い立ちに大きな影響を与えた事でしょう。

オバマ氏の両親は、既に2人とも他界しています。
父親は1982年に交通事故で、母親は1995年に子宮・卵巣がんで亡くなりました。
よって、オバマ氏は34歳でかけがえのない2人を失ったことになります。
彼の生い立ちを語る上で、哀しくも欠かすことのできないエピソードです。

育った環境は、決して恵まれているとは言いがたい彼ですが、そんな生い立ちが、今日の彼を作り、また支えているのではないかと思われます。

オバマ氏の生い立ち2

オバマ氏の学歴は、非常に輝かしいものです。
1979年、彼が18の時に授業料の高い名門私立高校である「プナホウ校」を卒業し、あの有名なコロンビア大に入学。
4年でしっかり卒業しています。
彼の祖母は当時ハワイ銀行の副頭取だった為、経済的には恵まれていたようです。

コロンビア大を卒業したオバマ氏は、ニューヨークのビジネス・インターナショナル社に就職し、その後はニューヨーク公益研究グループに勤務していました。
更にその後、シカゴに移り、環境分野などの社会活動を行っていました。

その後、彼はハーバード大法科大学院に入学します。
そして、非常に優秀な成績のもとに法学博士号を取得しました。
この学歴は、歴代の大統領が霞むほどに優れていると言えます。

この時点で、何故彼が大統領選挙を戦ったか、どうして大統領選挙に立候補できたかが良くわかるかと思います。
アメリカは未だに人種差別が根強く、黒人は大統領にはなれないという不文律のようなものがありました。
しかしながら、そんな歴史を跳ね除けるだけの能力と知能を彼は持っているのです。
だからこそ、民衆も彼を支持したのでしょう。

学歴というのは、人を表す半面、そこに囚われる事で本質を見失う要因にもなります。
ただ、オバマ氏の場合は、そういったところはおくびにも出さず、予備選を戦いました。
それが、何よりも学歴を輝かせる事を、オバマ氏は知っていたのでしょう。

ハーバード大で法律を学んだ彼は、1993年から弁護士としての活動を始めました。

オバマ氏の上院議員時代

オバマ氏は1993年に弁護士となり、シカゴ大学法科大学院で憲法講座の講師を務めた後、政治家へと転向し、1996年にイリノイ州議会の上院議員に当選します。
ここから、彼の政治家としてのキャリアがスタートしました。

2000年には連邦下院議員に立候補し、イリノイの予備選で敗れたものの、2004年には連邦上院議員に立候補し、圧倒的大差で勝利し、合衆国上院議員となります。

この合衆国上院議員時代、オバマ氏は民主党大会において、彼の知名度を飛躍的に上昇させるスピーチをしています。
その時に訴えた事は、アメリカはフラットであるべきだ、という事でした。
リベラルも保守もなく、肌の色も出身も関係なく、アメリカはアメリカとしてあるべきだということを、多彩な語彙を武器に熱弁していました。
また、イラク戦争にも触れ、この戦争を支持した民衆も、反対した民衆も、愛国心の元に主張したのであって、それは全てアメリカへの愛に収束するという旨の発言を行い、その中継を見たアメリカ人から大きな支持を集めました。

このときのスピーチが、後に大統領選挙に出馬する大きな土台となった事は言うまでもありません。
彼の持っている思想が全て集約されていたと言っても過言ではないでしょう。

このスピーチ後、オバマ氏は単なる一議員ではなく、明確にアメリカを引っ張るリーダーとしての資質を備えた若きヒーローであるという思想が、黒人を中心にアメリカ全土に広まりました。

そして、大統領候補へ

民主党大会でのスピーチ後、オバマ氏への注目は日に日に増し、2008年の大統領選挙の候補として推されるまでになりました。
特に、メディアはそれを大きく取り上げ、オバマ氏が大統領選挙に出馬するのでは、という報道を幾度となく繰り返しました。
当初はそれを否定していたオバマ氏でしたが、2006年の10月に、出馬を検討していると発言し、それ以降急速に事態は進みました。

2007年の1月には大統領選出馬の為の準備委員会設立届を提出し、その一月後に正式に立候補宣言を行い、晴れて大統領候補となりました。

この頃から、日本でも多くのメディアがアメリカの大統領選挙に関心を持ち、たびたび放映するようになりました。
ほぼ同時期に、クリントン元大統領の妻であるヒラリー夫人が出馬を決めた事で、民主党内の予備選挙が大きくクローズアップされる事になったのです。

どちらが大統領になっても、アメリカ初という非常に話題性に富んだ予備選挙という事で、アメリカはもちろん、日本、そして他の世界各国の国々から、この選挙の主役である二人の大統領候補は注目を浴びました。
ブッシュ大統領の求心力が急激に衰え、政治に関しては明るい話題のなかったアメリカに、凄まじいまでのまばゆさを放つ二つの光が現れた事で、遠く離れた日本でも、この選挙を注視する人が増えていきました。

大統領候補、それもまだ党内での候補に過ぎないオバマ氏が、ここまで注目を集めたのは、彼の肌の色や生い立ち、学歴、そして戦う相手など、様々な要素がかみ合っての事でした。

オバマ氏のマニフェスト1

大統領候補として、民主党の大統領予備選挙を戦う事となったオバマ氏は、自身の理想とアメリカの未来をどうするかについて、マニフェストを作成し、それを2007年の11月に発表しました。
マニフェストの主旨は、変革でした。

そのマニフェストは、大きく五つに分けられていました。

1.インターネットと放送局を通じ、アメリカにおいて完全無料となる情報交換を確立させる事
2.透明でコンタクトのある民主主義の創設
3.通信基盤展開の最適化と奨励
4.技術革新により、山積する問題の解決
5.アメリカの競争力の改善

この五つですね。

マニフェストにはいくつかの意味がありますが、ここでは政権公約の事を指します。
政治を担うにあたって、どのような方針で行うのか、どのような計画を立てているのか、どういった思いを持っているのかなどの意図について、克明に公表するものです。
これを公表する事で、立候補者の思想、資質を有権者は把握しやすくなり、より正しい選択が可能になる、というのが大きな目的です。

また、立候補者にしても、現在の政治における問題点を角が立たずに指摘でき、自分の率直な考えを、専門的ではなく、誰でもわかるようにわかりやすく説明する事で、評を取り込みやすくできるという効果があります。
ですので、オバマ氏のマニフェストにしても、特別難解な表現であったり言葉であったりは使用していません。
わかりやすい演説はオバマ氏の得意とするところなので、マニフェストは彼にとっても重要な政治指標としてしっかり機能させるという意気込みが感じられるものになっています。

オバマ氏のマニフェスト2

オバマ氏の掲げたマニフェストの中で、最初に挙げられたのは、インターネットと放送局を通じ、アメリカにおいて完全無料となる情報交換を確立させる事です。
これが具体的に何を示しているのかというと、インターネットの有効性を支持し、保持する約束をするというものです。

インターネットは、圧倒的な情報量と速報性を武器に、日本でも今や生活の一部というところまで浸透しています。
しかしながら、その一方で問題も山積みです。
学校の裏サイト、2ちゃんねるなどに代表されるよう、いじめや犯罪予備軍の巣窟と化しているところも数多くあるという事です。
人や物事に影響されやすい日本人にとって、インターネットは劇薬と言えます。
素晴らしい発展と凶悪な犯罪を有無、諸刃の剣といったところでしょうか。

では、アメリカではどうかというと、日本以上に犯罪の発生源になっているのが現状です。
中には、頭ごなしに規制を訴える人もいるようですね。
しかし、オバマ氏はこのインターネットの保護と継続を約束しました。
現在国民の半数以上が該当するインターネット利用者の支持を集めようという意図が見えます。

また、メディアに対しての多様性を推奨する事も、同時に公表しています。
メディアがどうあるべきかというのも、アメリカにおいては非常に重要な問題でしたが、オバマ氏は基本的には発展と選択肢の増加を促す方向性を示しました。

インターネットやメディアは決して害ではない、という事を公表する事で、若年層の支持を期待したというのが一般的な見方といえます。

オバマ氏のマニフェスト3

オバマ氏がマニフェストの中で二つ目に掲げたのは、透明で接続された民主主義の創設です。
つまりは、情報公開ですね。
これは、近年日本でも積極的に取り上げられ、また取り入れている手法です。

とはいえ、元長野県知事、現新党日本所属の田中康夫氏のガラス張り知事室に代表されるような見せ掛けだけのものも多く、本当の意味での透明性というのは実現が極めて困難です。
実際問題、政治を透明化したらその国は恐らく終わります。
その中で、どこまで明らかにすべきかというのをしっかり吟味する事が重要です。

オバマ氏のマニフェストには、その透明性を主張する上で五つの約束が行われています。

一つ目は、政府資料を扱いやすい形式で利用可能にするという事。
二つ目は、政府のミーティングをWeb上で放映する事。
三つ目は、役人との交付金や契約、国際禁輸そしてロビイストとの接触に関しても、オンラインで追跡する事。
四つ目は、町役場をオンライン上に作る事。
そして五つ目は、政府機関と公共のコミュニケーションとの情報共有を近代化し、それを補助するネットワークツールを整備する事。

これらを見る限り、オバマ氏がいかにインターネットを重視しているかがわかります。
近代の世界情勢は、インターネットを中心に回っている事を、彼は知っているのです。
透明性をアピールする上で、誰でも気軽に見ることのできるインターネットは、非常に重要な役割を担います。
それを大々的に訴えるマニフェストと言えるでしょう。

オバマ氏のマニフェスト4

オバマ氏が三つ目に挙げたマニフェストは、通信基盤展開の最適化と奨励です。
これもまた、インターネット関連ですね。
オバマ氏が重視しているもの、アメリカの未来はどうあるべきかという思想が、良く現れていると思います。

日本の通信基盤も、同様にインターネットが中心となってきています。
例えば、確定申告をするにしても、今ではWeb上で行えるという時代です。
様々な重要情報の提示がインターネット上で行われ、ネットを閲覧できない人にとっては、かなり厳しい状況になっています。

とはいえ、彼らを無視するような社会では当然ながらいけません。
通信基盤展開を奨励するという事は、そんな人たちに対して、積極的にインターネットを利用してもらえるような環境を整えるという事でもあります。
現在の敷居を更に低くし、入りやすくすると共に、様々な方法で年配者の方にネット利用ができるような環境を作る事が重要となります。

日本でも、最近はインターネットカフェや公共施設のパソコンの前に、年配の方がいる風景が見られます。
それはアメリカだと更に顕著です。
オバマ氏は、それを更に促進させようと試みているようです。

現在、世界的に見て最も主要な情報通信手段は、テレビでしょう。
そして次に新聞です。
インターネットはこの次ですね。
日本は随分インターネットが普及してきており、今やテレビ、新聞と並ぶところまで来ていますが、まだ世界的に見るとそこまでには至っていません。

オバマ氏は、おそらくワールドワイドな思想の元、インターネットの普及に全力をあげているのでしょう。

オバマ氏のマニフェスト5

オバマ氏が掲げるマニフェストの四つ目は、技術革新により、山積する問題の解決です。
このために必要なのは、健康管理の為のコストが下げられる事も考慮し、クリーンエネルギー、つまりは次世代エネルギーの開発に尽力する事である、という公言をオバマ氏はしています。
つまり、燃料問題ですね。

ここ数年、世界は燃料の高騰に沸いています。
日本はかなりそれが顕著で、ガソリン税の高騰は記憶に新しいところかと思います。
特に運搬業や漁師にとっては致命的で、運んだら赤字、魚を取りに言ったら赤字といった、まるで仕事にならないような状況にまで追い込まれています。
実際、ここ数年でこういった職業に就いていた人は、かなりの数失業に追い込まれました。
これは非常に由々しき問題です。

かつて日本ではオイルショックというでき事がありましたが、現在の状況は当時以上に厳しいと言っても過言ではありません。
それはアメリカも同じなようで、燃料費の見直しを訴える声は、例えばデモであったり、インターネット上の書き込みであったり、至る所で散見されます。

また、日本ではそれほど取り扱われていませんが、環境汚染もかなり深刻な問題です。
酷いところになると、空気を吸うだけで体長が悪化するような地域もあります。
北京オリンピック開催が決まった中国に対して、日本は良く取り上げていました。
実際、こういった状況は世界的に見ても、例外的なものとはいえなくなりつつあります。

これらの問題を一括して解決するという意味では、クリーンエネルギーの開発促進は重要なマニフェストと言えます。
オバマ氏にとっても、無視できない問題だったという事ですね。

オバマ氏の演説1

オバマ氏は、選挙が始まる前後は、はっきり言って無名ともいえる存在でした。
というのも、彼はまだキャリアの少ない議員だったからです。
それに対し、クリントン元大統領の婦人であるヒラリー・クリントンさんは、既に幾度となく世界的な報道において姿を見せており、30年以上のキャリアと加え、その知名度は圧倒的なものでした。
通常、どう考えても全く相手にならないような差が両者の間にはありました。

しかし、誰もが知っての通り、この二人の予備選挙は熾烈を極めました。
その要因は、オバマ氏が選挙戦が始まった途端、急速にその知名度を上げてきたからです。
ただ、大統領候補である限り、知名度自体は嫌でも上がります。
問題なのは、支持率です。
そして、その支持率においても、オバマ氏は極端な伸びを見せました。
では、それはどうしてでしょう?

オバマ氏には、演説という武器があったからです。

オバマ氏の演説は、すさまじいまでの支持を集めました。
これは、内容が圧倒的に優れていたから、というわけではありません。
聞かせ方、構成、わかりやすさ、そして熱意といった、演説に必要な要素を全て兼ね備えていたからです。

オバマ氏の演説は、非常にシンプルな言葉を多用します。
特に多く用いられるのが、「We」や「You」といった単語です。
これらの言葉を重ねる事で、団結心や親近感が聴衆に生まれていきました。
演説において重要な、わかりやすさと聞かせ方が最も如実に現れている部分と言えます。

オバマ氏の政策1

オバマ氏の政策の基礎になるのは、どうやら対話のようです。

現在、アメリカには様々な「敵」と呼べる国が存在しています。
また、敵とまでは行かなくとも、それに近い、あるいは様々な問題を抱えている国があります。
そういった国との会談というのは、首相として必要な事です。
しかし、実際それを行った事で、関係が悪化したり、国民感情を逆なでするという事態も想定する必要があり、中々前に進めないというのが現状です。
それは、日本で言うところの北朝鮮や中国との関係からも明らかです。

アメリカも、北朝鮮とは対立関係にあります。
それだけではなく、イラン、シリア、キューバ、ベネズエラといった所も、アメリカとは冷戦状態にあるといっても過言ではないでしょう。
こういった国とどう接していくのかが、政策を語る上で非常に重要な位置づけとなってきます。

オバマ氏は、こういった国との会談を行うかどうかという質問に対し、即座にYESと答えました。
一定の国と会談を行わない、という事はしないと。
これは非常に彼らしいと言えるでしょう。

オバマ氏は、演説でもたびたび、フラットな政策を意識した発言をしています。
差異をつけるのではなく、平等に、フェアに物事を運びたいというのが、彼の一貫した哲学です。
ですから、会談を行う国に差異を付けないというのも、彼にしてみれば当然かもしれません。

ただ、それを快く思わない人や国も多いという事は、当然理解しているでしょう。
例えば、北朝鮮と日本との関係を考慮すれば、アメリカが突然北朝鮮と二者会談を行うというのは、かなり顰蹙を買います。
そういった背景の中でどう動くか、要注目です。

オバマ氏の政策2

現在、アメリカは日本と同じ問題に直面しています。
格差社会です。
現在のアメリカの政権において、経済政策は決してうまく行っているとはいえません。
日本と同じように、富裕層に対して優遇され、貧困層に厳しい税制を敷いているからです。
無論、政治家はこれを否定しますが、実質それはウソです。
結局のところ、数人の話し合いで自分達の都合の良いように持っていっているだけ、という印象は拭えません。
これもまた、日本と同じですね。

そんなアメリカにあって、オバマ氏の経済政策は、細やかなものとなっています。
ですが、ベースとなるのはやはり税制の問題です。
オバマ氏は、これまでの富裕層有利な税制を、フラットにするつもりでいるようです。
ここでもやはり彼の一貫した主義、主張が貫かれています。

それは、弱者に対する過剰な援助をしない姿勢にも現れています。
破産宣告を受けた人の救済などといった、弱者を守るべき経済政策に関しては、無条件で国が守るというよりは、国にとって有益なお金の使い方の一環として、援助を行うといったニュアンスです。
つまりこれは、たとえ弱者であっても、アメリカの一部であり、アメリカをよくするために必要な事として手助けを行なう、といったところでしょう。
保険や補助を手厚く行なう姿勢を見せていたヒラリー候補とは、少々一線を画していました。

オバマ氏の経済政策は、良くも悪くも、彼の主義・思想のとおりと言えるのではないでしょうか。

オバマ氏の政策3

オバマ氏が積極的に取り入れている政策の一つに、IT関連の政策が挙げられます。
彼自身若く、ITに対して巨大な期待と更なる可能性を抱いているのは想像に難くありません。
また、他の候補と差をつけるうえで、若年層の取り込みは必須です。
そして、この層が最も注視するのは、ITでしょう。
よって、オバマ氏がITに力を注ぐのは、必然と言えます。

オバマ氏の唱えるIT政策は、異例と言えます。
まず、立案を依頼した相手が、民間人である友人という点から、既に異例です。
通常はロビイストや業界の大物が、政府内のバランスを考慮したうえで決めていくところを、そういった点と無関係な人間がどんどん新しいものを積み上げていく、というのがオバマ氏の狙いです。
これによって、これまでとはまるで違う政策が誕生しました。

オバマ氏のIT政策は非常に実用的かつ建設的です。
まず、インターネットの更なる普及を狙っています。
情報のオープン化を図り、従来のシステムを排除する方向で話を進めているようです。

その一方で、有害情報のシャットアウト、プライバシー侵害の是正など、現在ネット社会で大きな問題として取り上げられている件に関しても、積極的な改善を図ろうという姿勢が見られます。

オバマ氏のIT関連の政策に関しては、若年層の凄まじいまでの支持を集めています。
こういう点を取ってみても、彼がいかに政治家として優れているかがわかります。
何をどうすれば支持されるのかをしっかり理解しているからできる事です。

オバマ氏の名言1

演説の名人であるオバマ氏は、これまでに数々の名言を残してきました。
それらの名言が、ある意味彼の支持率を上げていると言っても過言ではありません。
日本でも、ある元首相が名言を残し、一気に支持率を上げました。
そう、小泉純一郎氏です。
貴乃花が大きな怪我を負いつつも優勝した場所での授与式の際の「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」というフレーズは、未だに記憶に新しい方も多いかと思います。
こういったフレーズの魔力というのは、そうそう消えるものではありません。
オバマ氏もまた、それを理解し、後世に残るような言葉を吟味しているのではないでしょうか。

そんなオバマ氏の名言を、これからいくつか紹介して行こうかと思います。

まず、最も有名なフレーズと言っても過言ではない、この名言です。

「There's not a liberal America and a conservative America-there's the United States of America.There's not a black America and white America and Latino America and Asian America; there's the United States of America.」

意味は
「リベラルのアメリカも保守のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ。黒人のアメリカも白人のアメリカもラテン人のアメリカもアジア人のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ」
となります。

人種のるつぼであるアメリカにおいて、全てをフラットにする事は容易ではないでしょう。
それでもこう唱えた彼がどういった政策を実行できるのか、非常に楽しみです。

オバマ氏の演説2

オバマ氏の演説の妙は、まず相手の目線で語る事です。
ここで言う相手というのは、聴衆の事です。
聴衆の視点から、オバマ氏のスピーチは始まります。

例えば、「皆さんは今日、大企業やロビイストが主役なのではなく、一般の人間が主役なのだと宣言した」などといった感じの言葉を紡いでいきます。
これによって、一体感が生まれ、聴衆は一種の宗教に近いような空気になり、皆がオバマ氏に夢中になるのです。

こういった手法は、子供と向かい合う教師や親の参考としては最適です。
相手の目線に立つ事がどれほど重要か、子供を相手にすると良くわかります。
子供は、自分より大きいものを恐れます。
そうなってしまっては、どんないい話をしても、どれだけ好意的に接しても、耳を貸そうとはしないでしょう。
しかし、膝をかがめて、同じ目線になって話をすると、子供は警戒心を薄めてくれます。
この人は自分に好意的だと理解すると共に、威圧感がなくなる事で恐怖心が消えるからです。
もちろん、話し方についても同様です。
難しい言葉を使わず、易しい言葉で、簡潔に伝える事。
これが、子供に自分の言葉を届ける上で重要な事です。

オバマ氏のスピーチには、それと共通する部分が数多く見られます。
これは別に、聴衆を見下ろしているわけではありません。
聴衆には色々な人がいて、その全てが同列ではありません。
中には、それこそ子供だっています。
そういった人たちを同じ目線で、フラットに話をする事が、スピーチにおいては重要なのです。

オバマ氏の演説3

オバマ氏の演説は、相手の目線に立つところから始まります。
まず、相手の自分の話を聞かせる、聴衆に自分の言葉が届く状態にする上で、コレはとても重要な事です。
ただ、それに一貫する必要はありません。
当然、彼自身の言葉の紡ぐ必要があります。
実際、オバマ氏は途中でチェンジオブペースを図ります。

彼は、話を切り替える際に、感謝の意を示します。
通常、演説が終わる直前、最後の占めの言葉として、聴衆へ聞いてくれたことへの感謝、スタッフや家族への感謝を口にします。
しかしオバマ氏は、演説の途中でそれを語ります。
それには複合的な理由があります。
一つは、話を切り替える為。
感謝の言葉は、誰が聞いても気持ちのいいものです。
それを演説の連結部に持ってくることで、次の話を円滑に聞いてもらいやすくなるという効果があります。
次の話が若干難解だったり、小難しかったりする時には非常に有効な手段です。

そして、感謝の言葉を最後にとってつけたように言うのではなく、しっかり演説の途中に組み込むことで、聴衆は演説中に喜びと好感を覚えます。
これによって、演説中に背を向けたり、飽きてしまったりする事がなくなるわけです。
感謝は、される方にとっては例えその他大勢であっても、自分の事です。
自分の事を言われて、飽きたままという人も少ないですから。

オバマ氏は、演説において難しいと言われている話題転化を、こういった手法で行います。
聞き手の集中力を持続させる、非常に優れた手法です。

オバマ氏の演説4

オバマ氏の演説の構成、流れは非常に流麗で鮮やかです。
話を変える際、感謝の意を伝える事で聴衆の声援を受け、話を変えやすくします。
これによって、聴衆は引き込まれたまま次の話を聞くことができます。
そして、オバマ氏は連結部だけではなく、話の内容だけでもなく、主語や時勢までも巧みに操ります。

まず、演説が始まった直後は、一貫して「貴方達は」、という表現を用います。
そして、その間の時勢は完了形です。
これが何を意味するのかというと、わかりやすく言えば、アメとムチのアメです。
ここでも、彼は子供と接する際に有効な手法を用いています。

子供に話を聞かせる際、重要なのは、相手と同じ目線に立つ事ですが、それだけではなく、まず相手を褒める事が大事です。
頭ごなしに自分の主張だけをして、ああしなさい、こうしなさいでは、子供はまず反発します。
それでは話など聞いてもらえるはずもありません。
そこで、褒めるのです。

もちろん、ただ褒めるだけでは意味はありません。
何を讃えるのかが重要です。
それは、相手がしてきた事、その功績です。
子供なら、ちゃんと挨拶できたね、凄いね、といった風に言うだけで、印象が大分変化します。
それと同じ事です。

時勢を完了形にするのは、あたかも功績を讃えるかのようにするためなのです。
これによって、聴衆は自分達がしてきた事は素晴らしい事だったんだという思いが芽生え、気分も高揚します。
特に何をしていなくても、「貴方達は今日、アメリカは一つになるべきと高らかに声を上げました」と言われれば、それを自分の功績のように思うのです。

オバマ氏は、こういったテクニックがずば抜けています。

オバマ氏の演説5

オバマ氏は、演説の締めで希望を口にします。
それは、自分にとっての理想であり、その自分を指示する人たちにとっての理想です。
そしてそれをアメリカの理想と位置づける事で、自分がアメリカを代表する立場になるという事を強調しつつ、若い人たちに対して希望を提示し、支持を集めやすくしています。
現実主義、保守的な考えは、どうしても若年層には受け入れられにくいので、若い人向けの演説にはこういった手法は有効と言えます。

ただ、これだけでは、年配層の支持はあまり集められません。
改革を訴えるだけでは、現実を知る年配の人たちには絵空事としか受け取ってもらえないからです。
では、どうやってその年配層を取り込むかというと、それはわかりやすさと熱意です。

オバマ氏は、決して難しい表現を多用しません。
使う場合は、演説の中盤、自分の主張を述べるパートで、それもかなり噛み砕いた表現で使用します。
それ以外は、基本的には非常に簡単で、子供でもわかるような単語を感情的に、とても情感を込めて重ねていきます。

これによって、年配者は「この演説はわかりやすく、そして感動的だ」と判断するのです。
年配者は精神論がお好みの人が多いので、こういった演説はとても有効です。
極端な話、声を枯らして叫ぶだけで、その内容の数倍、数十倍の効果が得られます。
演説とは、そういった選出も重要なのです。

日本でそういった演説が抜群に上手かったのが、小泉元首相と、宮崎県知事の東国原氏です。
彼らの演説は、オバマ氏ほど構成の妙があったわけではありませんが、とにかく情に訴える、わかりやすく熱心に語るという点では共通しています。
多くの政治家は選挙戦で同じような手法を取ろうとしますが、中途半端なのがほとんどです。
オバマ氏や小泉元首相、東国原知事に共通するのは、徹底しているという事です。

オバマ氏の名言2

数あるオバマ氏の名言の中でも、特に人気が高いのが、この言葉です。

「人からこう言われるのが望みです。"彼は完璧ではないが、自分のミスを潔く認めるし、できるだけ早く直そうとする"と。」

確かに、言うのは簡単です。
潔く、そしてカッコいい言葉ですし、誰しもがこう言いたいものですよね。
完璧な人間なんてほとんどいないのですから。
しかし、あるいは完璧である事以上に、政治家がこれを実現するのは難しいことだと断言できます。

政治家というのは、大抵の場合、ミスを認めたがりません。
本人の影響力であったり権力であったりに大きく影を落とす事になるからです。
それは、比較的過ちを認め謝罪する事を美徳としている日本ですら顕著です。
まして、謝る事を極力避けるお国柄のアメリカでこれを実行するとなると、とてつもない困難が待っていることでしょう。

実際問題、このオバマ氏の名言は、彼の名言の中でトップクラスの人気です。
それはつまり、アメリカ国民がこの姿勢を支持し、自らを省みてこうありたいと願っているという事になります。
よって、現状を覆す可能性はあるといえるでしょう。
しかしながら、根付いた問題を根本からひっくり返したり、燃やし尽くすというのは非常に難しい作業です。
ましてオバマ氏は若いので、例え国民の人気が味方についても、思い通りにことを進めるのは相当厳しいでしょう。

彼が謝る事のできる環境がアメリカに芽生えるかどうか、是非今後注目していきたい一点ですね。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙6

スーパーチューズデーで予想以上の成果を挙げたオバマ氏は、そのまま勢いづきます。
予想外の敗戦を喫したヒラリー陣営の落胆と失速もあって、ルイジアナ州から始まる残りの2月の予備選全てに勝利するという凄まじいダッシュを見せ、オバマ氏は一気に正式な民主党の候補へと前進しました。
ここで注目すべきは、11もの州全てに勝利しただけでなく、僅差という事がほとんどない、全ての州で圧勝だった事です。
これは、オバマ氏の勢いが完全に加速化していることを表していると見て間違いないでしょう。

ただ、ヒラリー陣営もこのままでは終わりません。
3月の第一木曜日に5つの州で行なわれるミニチューズデーと呼ばれる日には、ヒラリーさんが3勝2敗で勝ち越し、意地を見せました。
やはり大規模な州ではヒラリーさんに一日の長があるようで、オハイオ、テキサス州では彼女がしっかり勝利を収めました。

しかし、その反撃も束の間でした。
その後行なわれたミシシッピなどの予備選ではオバマ氏が勝利し、結局3月トータルでも僅か一票差ながらオバマ氏が上に行きました。

スーパーチューズデーでの予想外の苦戦、その後の失速によって、ヒラリー陣営は敗色が濃厚になってきました。
資金面でも厳しくなり、実質的にはかなり追い込まれた隊場に立ったと言えるでしょう。
しかしヒラリーさんは諦めず、粘り強く戦う事を選択します。
それに対し、オバマ氏はあくまで冷静に、そして熱い演説を武器に、支持を拡大していくことになるのです。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙7

選挙の少ない4月は、さほど目立った動きはなかったものの、唯一行なわれたペンシルヴァニア州では、大規模な州での強みを武器にヒラリーさんが制し、ギリギリのところで踏みとどまります。
ただ、これも反撃ののろしとまでは行きませんでした。

この後、5月3日のグアムは五分だったものの、5月6日に事実上の決着ともいえる事態が起こります。
これまで大規模州ではほとんど勝利してきたヒラリー陣営が、ノースカロライナ州で敗北を喫したのです。
インディアナ州では勝利したものの、ついに大規模州で敗北した事で、諦めムードが漂い始めました。

一方、インディアナ州は僅差で落としたとはいえ、ノースカロライナ州で勝利したオバマ氏は、この時点でほぼ勝利を確信したようです。
彼らにとっては、それだけノースカロライナの勝利が大きかったのでしょう。

その後、ウェストバージニアとケンタッキーではヒラリーさんが勝利し、首の皮一枚で繋がりますが、流れが変わるまでは至りません。
そして、5月下旬、この選挙の戦局を決定付ける最大の出来事が起こります。
日本でも大きく報道された、ヒラリーさんの大失言です。

敗色濃厚となった彼女には、この頃撤退を求める声が強くなっていました。
それに対し、5月23日のサウスダコタ州での取材において、彼女はロバート・ケネディ元司法長官が6月に暗殺された例を挙げ、あたかもオバマ氏の暗殺を期待しているかのような発言をしてしまうのです。
これで、世論はヒラリーさんから一気に離れ、オバマ氏の支持に回りました。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙8

ヒラリーさんの信じがたい大失言から一夜明け、マスコミは総動員でヒラリーさんをバッシングしました。
ヒラリーさんはこの失言をすぐに弁明し、例として挙げられたロバート・ケネディ氏のご子息も擁護しましたが、それが世論を変えることには至りませんでした。

彼女の求心力の失速は明らかで、その後の元々圧倒的有利とされていたプエルトリコ予備選でこそ圧勝したものの、最終決戦となるモンタナ・サウスダコタ予備選でオバマ氏の票が過半数に達し、決着を見ました。
その後、6月7日にヒラリーさんが選挙からの撤退、そしてオバマ氏への支持を表明し、歴史的な盛り上がりを見せた予備選は幕を下ろしました。

オバマ氏の勝因は、浮動票と呼ばれる層、特に若年層を取り込む事に成功したからです。
これは、ちょうど日本で莫大な人気を得た東国原宮崎県知事や小泉純一郎元首相に通じるところがあります。
その武器が、シンプルな言葉と情感のこもった演説である事もまた、共通しています。
ここに、民衆が支持する政治家の理想像があるといっても過言ではありません。

オバマ氏は、非常に頭の良い人間です。
それでも、熱く語る演説や、直接的な敵といえるヒラリーさんとの対談の際、致命的ではないものの、ちょっとした失言はいくつかしています。
ただ、それに対しての弁明もしつこくなく、それをかき消すような名言を残し、結果的には危なげない選挙を展開したと言えるでしょう。
歴史的予備選の勝者は、それにふさわしい実力を持っていたという事です。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙1

2008年11月4日に実施されるアメリカ合衆国大統領選挙に向け、アメリカでかつてない盛り上がりを見せたのが、民主党の予備選挙です。
予備選挙とは、党の公認する大統領候補を選出する一連の手続の事です。
つまり、党の代表利候補者を決める為の選挙というわけですね。

よって、党に所属している議員が大統領を目指す場合、まずこの予備選挙を勝ち抜く必要があります。
無所属での大統領就任は事実上不可能なので、現実的には、大統領となるにはまずこの予備選挙を嫌でも経験する事になります。

この予備選挙は、実際に始まる前から既に戦いは始まっています。
立候補を表明するのは、大体予備選挙の一年前くらいなので、この時期からが勝負なのです。
2008年の大統領予備選挙においては、2007年が始まるくらいから、民主党ではオバマ氏とヒラリー婦人、共和党ではマケイン氏とジュリアーニ氏が先行候補として支持を集めていました。
この時点で、既に両陣営とも一騎打ちの構想ができていたわけです。

何事にも言える事ではありますが、選挙ははじめが肝心です。
もちろん、最初は無名でも徐々に頭角を現すという例は幾らでもあるでしょう。
しかし、当時は比較的無名と言えるオバマ氏すら、この時点で既に大きな支持を集めている所からもわかる通り、立候補する時点で少なくともその党の1、2番目の支持を集めていなければ、巻き返すのは困難でしょう。

オバマ氏にしても、立候補が始まる前から、議員時代のスピーチ等で知名度を上げていました。
彼らの戦いは、立候補する前から始まっているのです。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙2

2007年の3月頃になると、徐々に支持を集める人、集めない人の差が明確になってきました。
共和党では、当時支持率トップだったジュリアーニ氏の支持率が更に上昇する一方、正式な出馬を表明したマケイン氏も負けじと上昇し、更にフレッド・トンプソン氏も立候補表明と共に支持を集めました。

特にジュリアーニ氏は、穏健派で知られていることから宗教右派の批判を浴びていたものの、キリスト教右派の代表的な事物としてその名を知られているパット・ロバートソン氏が支持を表明するなど、かなりの追い風が吹いていました。
一方、民主党は、話題性十分のヒラリーさんとオバマ氏が引っ張る一方、立候補を否定していたゴア氏、そしてエドワーズ氏といったところが支持を集めていました。
以降、正式に予備選が始まるまでは、このような状態が続きます。

ただ、この時期はマケイン氏とオバマ氏がやや支持率を落としていた時期でもあります。
特にマケイン氏は、死守していた支持率2位の座からも転落するケースも出てくるなど、苦しい戦いが予想されていました。
オバマ氏に関しても、知名度で圧倒的に勝るヒラリーさんとかなり差をつけられていました。

この時期は、共和党、民主党共に当初有力とされていた立候補者が大きく支持を伸ばしました。
そういった流れから、早くも予備選挙は終結したという声も挙がっていました。
しかしながら、それが早計であったという事が、2008年に入ると明るみになります。
選挙戦の奥の深さがわかる、熾烈な予備選挙だったといえるでしょう。
そして、その主役が民主党のオバマ氏でした。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙3

2008年に入ると、それまでの予備選挙の流れが一変します。
まず、共和党においては、それまで支持率のトップにいたジュリアーニ氏が奇策に出ます。
本来重視すべきアイオワ州、ニューハンプシャー州といった、序盤に選挙が行なわれる州、そして最初の南部決戦の地として誰もが力を注ぐサウスカロライナ州において、彼は勝利を完全に捨てて、中盤以降のフロリダ州やスーパーチューズデーに集中させるという、中々見られない策に打って出たのです。

しかしこれは、完全に失敗に終わります。
当初は彼が序盤州に現れない事が話題となりましたが、徐々に熱が冷め、流動票が別の支持者に流れていきました。
ジュリアーニ氏は健康面でも不安を抱えており、2007年12月にも入院するなど、その点でも不安視される傾向が強くなっていきました。

もしかしたら、この戦略も健康面を考慮し、序盤に無理をさせないという意図があったのかもしれません。
しかし、やはり何事も最初が肝心です。
結果的にジュリアーニ氏は急激に支持を落とし、立候補者争いから脱落しました。
その流動票を大きく集めたのが、マケイン氏です。

夏ごろには脱落とすら言われていたマケイン氏でしたが、軍事面での戦略である米軍像派が徐々に成果を上げ始め、支持率が回復していくと、徐々に大物が彼の支持に回り、ジュリアーニ氏の戦略ミスもあって、一気にトップの座に駆け上がりました。
そして、ロムニー氏との争いを制し、マケイン氏が共和党指名を事実上決定付けました。

ただ、共和党の予備選挙は、オバマ氏とヒラリーさんが壮絶に争った民主党と比較すると、注目度は決して高くはありませんでした。
オバマ氏やヒラリーさんのような、話題性に飛んだ立候補者がいなかった為です。
オバマ氏のような、民衆を惹きつける演説を行なう人もいませんでした。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙4

共和党が勢力図を二転三転させている一方、民主党の予備選は開始からずっと、ヒラリーさんとオバマ氏の一騎打ちでした。
2007年の夏〜秋にかけて支持を落としていたオバマ氏が支持を回復し、2008年1月の予備選挙開始時には戦局は五部というところにまで持って行きました。
そして、最初の予備選挙区であるアイオワ州党員集会において、オバマ氏が若年層を中心に大きく支持を集め、他の候補者に大差を付けて勝利した事から、一気にオバマ氏への注目度が上昇しました。

しかし、ヒラリーさんも負けてはおらず、オバマ氏有利と言われていた次のニューハンプシャー州予備選挙においては、僅差ながら勝利を収め、一騎打ちの様相は更に色濃くなりました。
そして、1月に行なわれた4つの州の予備選で全敗したエドワーズ候補が選挙からの撤退を表明し、正真正銘一騎打ちの形となったのです。

この時点で、アメリカだけではなく世界全体でもこの予備選挙への注目が集まるようになってきました。
特に日本では、最初の予備選挙のオバマ氏圧勝を受け、オバマ氏に対する知名度や人気が急激に上昇していました。

普段は大統領選挙の予備選にはさほど興味を示さない日本のメディアも、こぞって毎日のように両候補者の演説風景をニュースで流すなど、かなりの加熱振りを見せていました。
この二人の勝者が、アメリカの新しい大統領だと断言するコメンテーターも出てくるなど、嫌でも盛り上がるような情勢となっていったのです。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙5

アメリカ大統領予備選挙には、「スーパーチューズデー」と呼ばれる日があります。
これは、2月最初の火曜日の事で、この日に数多くの州が一斉に選挙を行なう事から、特別な火曜日というこの名称が付けられました。
その州の数は実に23で、この日が選挙の一つの山場である事は誰しもがわかるというくらい、重要な日です。

このスーパーチューズデーにおけるオバマ氏とヒラリーさんの戦いは壮絶でした。
黒人の比率が高い州や、規模が比較的小さい州においてはオバマ氏が勝利し、カリフォルニア州、ニューヨーク州といった規模の大きな州ではヒラリーが勝利を収め、その票数はほぼ五分となりました。

オバマ氏は革命派という事もあり、若年層、貧困層から支持を集め、一方のヒラリーさんはその知名度から大規模集で有利だったという構図がこの結果からも見て取れます。
ただ、この結果を受け、嬉々として諸手を挙げたのは恐らくオバマ氏でしょう。
戦前の予想では、このスーパーチューズデーは大規模な州が多いこともあり、ヒラリーさんが有利という声が挙がっていました。
しかし、実際には五分という結果で、しかも若干ではあるもののオバマ氏の方が票数を稼いだ事で、マスコミはこぞってオバマし有利の声を上げました。

オバマ陣営にしてみれば、この結果は予想の範囲内ではあるものの、その範囲の中でかなり上位に来る結果だったようで、その勢いは更に加速し、2月の他の選挙を迎える事になりました。
このスーパーチューズデーが、両者の明暗を分けたと言えるかもしれません。

オバマ氏の日本への影響2

オバマ氏が日本でも有名になった事で、大きな影響を受けた人が一人います。
それは、デンジャラスというコンビ名で活動している、大田プロの芸人のノッチです。

かつては、「タモリのボキャブラ天国」で人気を博した事から、さまぁ〜ずやくりぃむしちゅー、土田晃之、ネプチューン、つぶやきシロー、そして爆笑問題といったいわゆるボキャブラ世代として活動していましたが、徐々に仕事が減り、露出もかなり絞られていました。

そんな人気が陰り気味の時期、ノッチにとって大きな転機となったのが、オバマ氏の存在でした。
では、彼は政治家に転向したのか?
もちろん、そんなわけがありません。
何故ノッチにとってオバマ氏が大きな影響を与える存在だったかというと、彼らは顔がそっくりだったからです。
ただ、彼自身はそれに気がついていた訳ではなく、ブログの投稿で知ったそうです。

それを受け、ノッチはすぐにオバマ市のモノマネを始めます。
ただ、モノマネとは言っても、彼は元々モノマネ芸人ではなく、オバマ氏に対する知識もほとんどなかったことから、ただオバマ氏を名乗る程度でした。
それでもオバマ氏の知名度と話題性から、結構テレビ出演等の依頼が増え、ノッチにとっては久しぶりのお茶の間への露出となりました。

今後、オバマ氏が大統領になれば、彼はモノマネ芸人として生きていく事になるかもしれません。
政治モノマネで風刺をネタにしているニュースペーパーとのコラボなどを企画したら、面白いかもしれませんね。

オバマ氏の日本への影響1

オバマ氏が立候補を表明し、徐々に支持と人気を集めていこうと、日本でもアメリカの民主党の予備選の様子を毎日のように報道するようになりました。
構図として、アメリカ初の女性大統領VSアメリカ初の黒人大統領という、どちらが勝っても立候補として申し分のない話題性を持った人物だったからです。

そして、もう一つ注目されたのが、オバマ氏という名前です。
日本の福井県には、「小浜市」という市があります。
そして、以前オバマ氏はこの小浜市出身の入国管理官と接した事があると判明したのです。
その際、発音も綴りも小浜市とオバマ氏は一致しているという事もわかりました。
それに目を付けたオバマ氏の観光協会は、「オバマ氏を勝手に応援する会」を発足しました。
そして、応援ポスターを制作し、市を挙げてオバマ氏を応援する事にしたのです。
これを知ったオバマ氏は、粋な事に3月に感謝の手紙を小浜市に送っています。
彼の戦略は、既に大統領になった後の外交にも向いているといえる例でしょう。
また、人となりも表しています。

これに気をよくした小浜市は、オバマ氏がほぼ正式に民主党の大統領候補となったことを受け、オバマガールズ、オバマボーイズといったグループを結成したり、オバマ氏の応援歌をロックバンドが作成するなど、一層の応援を行なうようになりました。
その一方、オバマ氏は日本への強行政策を掲げている民主党の代表である事から、小浜市へのバッシングも出ています。

とはいえ、小浜市にとってはこの上ない観光面でのアピール材料なので、これを止める気はなく、彼が大統領になった暁には、銅像を立てる予定との事です。

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